愛知県立国府高等学校

 国府高校 記念碑の紹介 −自然・記念碑を中心にして−

 国府高校を自然物と記念碑から探っていきましょう。


 国府高校の女学校時代からの記念造形物。現在のもので三代目。
 ひょうたん型をした池である。各地にあるが、本校のものは、同窓生
 が作っており、かつては灯籠を含む日本庭園の中に位置し、池には
 同窓生寄附の鯉が泳いでいた。80周年事業の中で、ひょうたん池は
 現代風になり、回遊式の庭園とはやや趣きを異にしたものとなる。






 国府高等女学校・初代校長 玉川斌郎先生の句。
 『三河野の麦日にのびて冬晴るる』と石碑に記載されている。
 昭和53年、60周年記念造園計画の中で建立される。
 4回生寄贈の燈篭がそばに立つ。玉川校長は土曜会と呼ばれる国府
 町・御津町の有志の俳句会に入るほどの文化人でもあった。学校の
 基礎作りをしている最中、49歳という若さで逝去された。『光風・玉川
 先生追悼号』に先生の句も載っている。





 昭和53年3月1日。第30回卒業生建立。
 卒業記念碑。
 国府町 福井石材謹製。
 表面には国府高校校歌が作詞者・丸山薫氏の直筆のものを御影
 石に刻んでいる。






 国府高等女学校時代の校訓。『質実・温雅・創造』。
 紀元二千六百年と兼ねて行われた創立20周年記念事業の一つ。
 記念植樹、記念築山、記念文庫の設立と共に昭和15年に建立さ
 れた。







 国府高等学校の新たな校訓碑。
 『学学術・為当為』 国府高校・作 大河原皓視元校長・書 権田
 拓朗氏。
 第56回卒業生記念碑でもある。平成16年3月1日建立。







 『感動・顕彰記念−栄光を讃える』
 昭和50年 全国高校野球選手権大会出場時の記念碑。
 パネル寄贈:光島稔氏(元監督)。
 昭和50年度野球部。







 昭和25年、県下最初を誇る独立図書館として開館。
 専門の司書も置き、館則、運営規則も置く当時としては画期的な
 図書館であった。
 昭和36年、本館建築後11年の任期を終え、本館の3階へ移った。
 旧図書館の建物は、当時全国レベルにあった卓球部のため改修し
 て、卓球会館となる。

 平成18年9月19日(火)から同年11月30日(木)まで取壊し工事を行
い,56年間の歴史に幕をおろしました。
跡地は駐車場になりました。
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 昭和47年、同窓生の親睦のために設立。
 現在は、同窓生のための集まりや、在校生の憩いの場所として
 活用される。
 2階は茶道・作法室。1階は購買・食堂に利用される。







 『蘇る樹頭の華や 朱夏の天』と記銘。
 豊川海軍工廠で被爆し、命を落とした教え子のために、当時の教
 員太田鴻村氏の句を、石川雲鶴先生が指毫して、藤原克博氏(当
 時の生徒)のイメージを御影石に映し出した。その内部には、28名
 の死者の名が刻まれた名簿が納められている。本校のシンボルの
 一つ「大王松」の下に立つ。平成元年、70周年記念事業の一環と
 して建立。